自分の才能に自信が無いという人の
イメージはどちらかというと
もともと才能なんてなかったんだとか
何が自分に向いてるか分からない
などネガティブなイメージがあるように思います。
でも私は、自分の才能を考えることに対して
物凄くプラスのイメージを持っていて、
才能の見つけ方のポイントを知らなかったら
絶対に発見できなかったと思えるほど、
才能について考えることに魅力を感じています。
このことを知って頂くと、
もしかしたら自分の才能について考えることを
ネガティブに感じていらっしゃる方も、
才能を見つけてみようかなって
思ってもらえるかも知れません。
みんなと比べて才能がない!と心がやさぐれた私が、高校時代の親友から学んだ自分の才能の見つけかた
ぜひ最後まで
お付き合いいただけたら嬉しいです。
目次
まさに井の中の蛙、私より絵がウマい子なんていっぱいいる・・・。
私は小さい頃から
絵を描くことが大好きでした。
紙と鉛筆を渡しておけば、
1時間でも2時間でも絵を描いていた
と母から言われるほどです。
小学生の頃、
少女漫画が大好きだった私は、
クラスでも一番、絵がウマかったんです。
友達からも評判で、いつも
「●●の絵を描いて~」と言われていました。
将来は漫画家になりたい!
そんな夢を描いて、
美大の付属中学に進学しました。
そう意気込んで、
体験入部をした私だったのですが、
一瞬にしてノックアウトされます。
同級生や1年上の先輩たちの
ものすっごいレベルの高い作画・・・
それに描くスピードが速い!
まったくついていけない・・・!
井の中の蛙大海を知らず
とはまさにこのこと。
それは部活だけではなく、
美術の授業の中でも感じたんです。
私が通っていた中学校は、
美術大学の付属で、
普通校ではあるけれど、
美術の授業が週に4時間あります。
高校生になると週10時間以上にもなります。
水彩画、版画、立体造形、織り物など、
幅広く美術に触れていくんですが、
この中でも当然、
センスの良し悪しってのは
どうても出るワケです・・・。
私の場合は、
特別ヘタッぴでもなかったですが、
イチからデザインを考えることが、
本当に苦手でした。
私より絵がウマい子なんていっぱいいるじゃん・・・
カルチャーショックというか、
現実を知ったというか。
小学校で1番のプライドを持っていた
13歳の私は、
どん底に突き落とされたような
気分になっていたんです。
なんとかウマくなりたい!必死にテクニックを学ぶ
絶対に入部すると決めていた
マン研も早々にあきらめ、
センスの良い同級生達の中で
美術の授業をこなしていた私。
高校生になると、
高校受験で入ってきた子たちが
一気に増えて、
さらに実力の差をみせつけられました。
中学受験では
筆記試験と面接だけでしたが、
高校受験では
デッサンと水彩画のテストもあって、
それを乗り越えてきたのが
高校からの入学組でした。
中学以上に増えた
美術の時間は本当に憂うつで、
そんな風に思うことも
しばしばありました。
その一方で、悔しくもありました。
中学からの同級生が、
一生懸命に作品を創っているのを見て、
どうしたらいいだろうか?
私の場合、
油絵やデザイン、立体造形などの
色んな表現方法がある中でも、
鉛筆デッサンが一番好きでしたし、
少しは得意って言えるものでした。
鉛筆デッサンっていうのは、
下絵とか素描(そびょう)
という風にも言われていて、
目に見えている立体のモノを
平面に描いていくものです。
↑高2の頃のデッサン作品
油絵やデザインも、
このデッサンが基本なんですが、
色使いや画材の使い方など、
選択肢が無数にあって、
そこにセンスの差が出てしまう。
鉛筆デッサンなら、
構図、形、陰影、量感、質感など
とっても理論的な世界で、
決まりごとを守って
努力すればウマくなれる世界に思えました。
高校1年の秋頃、
中学入学から4年目にして
やっと私のやる気スイッチが入りました。
文化祭の作品展示で絶望、やっぱり私には才能がない
それからというもの、
授業で教えてもらうこと以外にも、
自分で書籍を購入して、
構図のこと、陰影の出し方など、
工夫する毎日。
そのせいもあってか、
徐々にデッサンのスキルは上達し、
普段の作品展示にも
選ばれたりするようになりました。
私が通っていた中学・高校では、
ある作品を仕上げると、
その後、何名かの作品が選ばれ、
1か月間ほど廊下に展示されます。
塾でいえば、
成績上位者の発表みたいなもので、
毎回この展示をしてもらえるかどうか、
ドキドキしているわけです。
同級生からの言葉に、
ちょっと誇らしげな
気持ちになったりもしていました。
そんな中で迎えた、
高2の文化祭での出来事です。
他の学校と違って、
とにかく作品展示の量が多く、
ちょっとした美術館みたいな
イメージの文化祭でした。
デッサン、油絵、平面デザイン、立体造形
などなど1年間を通して
創ってきた作品たちが並びます。
その中でも、
油絵は全員の作品が展示されていて、
少し上達したよなぁと思っていた私は、
自分の作品がどんな風に飾ってあるか、
楽しみにしながら展示室に入りました。
あっ、これ〇〇ちゃんの絵だ、やっぱりウマいなぁ。
あったあった、私のやつー。
他と比べてもまぁ普通かな、
ヘタっぴではないでしょ、
なんて思っていたその矢先、
ある人物画の油絵を見ながら、
そんな会話をしているのが聞こえて、
近づいてみると・・・
言葉にならないくらいの
衝撃でした。
同じモデルを描いているのに、
並んでいる他の作品達の中から
浮かび上がってくるような
圧倒的な存在感を放っていて、
鑑賞する側を魅了していました。
そして・・・
その作品を描いたのは、
私の親友、Aちゃんでした。
同じ美術室で
同じモデルさんを見て
同じ時間をかけて
描いたはずなのに、
圧倒的な差がある。
Aちゃんの絵があまりにも凄すぎて・・・。
Aちゃんは、なかなかインパクトのある絵を描くわよねぇ。
あたなだって、ずいぶんと絵の表現が上手になったじゃないの。
ただねぇ・・・あなたは最後の詰めが甘いのよねぇ。
最後の詰めが甘い。
美術の先生から
言われたその言葉は、
私の心を
グサッと切りつけました。
圧倒的な絵を描く友人、その集中力に脱帽
文化祭で
自分の才能の無さを
改めて実感してしまい、
美術の時間が
イヤになった私は、
絵を描くことを
だいぶ放棄して、
Aちゃんがどんな風に
制作をしているのか
観察してみることにしました。
真っ白いキャンバスに
木炭で下絵を描く
ところまでは
私と変わらない。
油絵具をのせる段階になって、
ざっくりと色を置いていき、
一旦全体に色をつけるのも
私と変わらない。
でも驚いたのは、
仕上げの少し前の段階になって、
真っ黒にキャンバスを塗ったんです。
せっかく出来上がってきたのに、もったいなくない?
うん、大丈夫だよ。
乾いたら仕上げするつもりだから。
なんだか
良く分からないまま、
3日が過ぎて、
納期にあたる授業の日。
真っ黒になった
キャンバスを
ナイフで削っていくと、
そこから、
下に描いてあった絵が
浮かび上がってきたんです。
黒の部分は
絶妙な影の表現になっていて、
モチーフの存在感が
一瞬で目に入ってくる・・・。
同じ時間の中でこれ仕上げるなんてさすがだね!
でも実はね、放課後毎日描いてたんだぁ。
美しい作品をつくりたい、見る人に感動を与えたいって思うと、
なんかこだわっちゃうんだよねぇ。
他の同級生や
美術の先生に
きいてみると、
Aちゃんは
放課後の時間を使って、
毎日1時間~2時間、
作品に向き合っていたそうです。
テクニックとかスキルとかもあるとは思うけど、
作品に対する情熱や集中力、最後まで気を抜かないところなのよ。
文化祭の時に、最後の詰めが甘いって言ったのはね、
あなたが作品に対して完成まで情熱や集中力を保てないってことなの。
確かに、
Aちゃんが
作品に向かっている時は、
気軽に話しかけられないほど、
集中していました。
美しい作品をくつくりたい
作品を観る人に感動を与えたい
きっとその想いが、
Aちゃんの作品には
表れているんだと
思ったんです。
それだけじゃないんだな・・・。)
これが私の才能なの?意外なところで才能を発見!
Aちゃんの姿を見て、
スキルやテクニック
だけが重要なんじゃないんだ
っていうことに気づいた私は、
自分が普段から
集中できていること、
情熱もってやっていること
を考えてみました。
美術の授業は
最後の詰めが甘いと
言われてしまうほど
気が散りがちな私でしたが、
学科の授業は
ものすごい集中力で、
先生の話を全て
メモを取るくらいの
勢いで聞いていました。
そのメモと教科書を元に、
テスト対策用にまとめ直し、
それを使って勉強したので、
定期試験では常にトップの成績でした。
そのせいか、
定期試験の前になると、
同級生から
そんな頼みごとを
されていたんです。
そう考えた私は、
テストの1週間前から毎日、
放課後の1時間を使って、
テスト対策勉強会を
実施してみました。
集まった同級生は
毎回5名前後で、
学習の進捗度合に合わせて、
分かりやすいように
教えることを心がけました。
そして、
定期試験の結果が出た後、
同級生の1人から
こんなことを言われたんです。
本当に教えるの上手だよね、あんずってやっぱ才能あるよね~!
今なんて言った??
私には絶対できないもん、勉強もそうだし、人に教えるなんてもっと無理(笑)
あんずはさ、学んだことを人に分かりやすく伝える才能があるなって思うよ!
学んだことを
人に分かりやすく伝える
これが私の
才能なのかも知れない
そう思えた出来事でした。
テクニックも大事だけど、情熱があるかどうかはもっと大事
才能って何でしょうか?
同級生Aちゃんの姿を見て、
自分が集中できることを考え、
学んだことを分かりやすく伝えることが
人に喜ばれるんだと
気づいた私が思ったのは、
自分が集中できることで、人に喜ばれるもの
ということなんです。
美術系の学校にいるのであれば、
絵がウマくなきゃいけない
と思い込んでいた私は、
自分に才能なんてない
頑張ってもセンスのある人には勝てない
でもなんとかして絵がウマくならなきゃ
そんな風に思っていたので、
美術の時間が来るたびに
もうヤダ、向いてない、才能なんてない
と感じてストレスでした。
そんな私が、
同級生に勉強を教えることで、
スゴイと思われることがあるんだ
と気づいてから、
そんなストレスは一切なくなりました。
私が集中できることは何なのか、
それによって
人が喜んでくれることは何なのか。
そんな視点で
自分について考えてみると、
今まで気づいていなかった
自分の一面をを知れたりします。
結果として、
私の場合は、
絵を描くことではなく、
学んだことを人に分かりやすく伝える
ということが
集中でき、そして、人に喜ばれることでした。
才能というのは、
人に喜びや感動を与えたいという情熱や、
そのために集中してやり続ける力
なんじゃないかなぁって思います。
人生経験からの学びを伝え、クライアントさんの才能を見出す喜び
私はいま、
キャリアコンサルタント
という仕事をしています。
就職や転職をするときに、
面接で受かるにはどうすればいいか、
職歴書の書き方を知りたい
といったご相談を
受けることが多いのですが、
そんなとき、
私がお伝えするのは、
テクニックだけではないんです。
クライアントさんの良さって何だろう
クライアントさんの才能って何だろう
そんなことを意識しながら、
お話しを伺っていると、
自分の良さが分からないんです
自分には才能なんてないんです
といった、
実は・・・という
心の奥底にしまっている
お悩みを伝えてくれたりします。
私自身が人生経験を通じて気づいた、
自分の才能というお話しをしながら、
クライアントさんに対して、
いま情熱をもって取り組めること、
それによって人に喜んでもらっていること
は何ですか?
といった質問をさせて頂くと、
クライアントさん自身に、
新たな気づきがあり、
自信に満ちた表情になっていきます。
結果的に、
面接で自信をもって言えたり、
書類に書くポイントが分かったりして、
テクニックだけに依存しない、
就職転職活動ができるようになるんです。
そして私自身も、
自分の人生経験から学んだことを
分かりやすくクライアントさんに伝え、
それによって
クライアントさんに喜んでもらう
ことで、
高校生の頃に見つけた、
自分の才能が活きている。
そんな風に感じています。
まとめ
みんなと比べて才能がない!と心がやさぐれた私が、高校時代の親友から学んだ自分の才能の見つけかた
いかがでしたか?
絵を描くことが好きで、
漫画家になりたいと思い、
美術系の学校に入ったら
井の中の蛙だったと知り、
一時期は
何で美術系の学校に
はいっちゃったんだろう?
と悩みました。
それでもウマくなるため、
テクニックを高めようと
一生懸命頑張りましたが、
親友Aちゃんの描く絵に圧倒され、
やっぱり私には才能なんてないんだ
頑張ったって無理に決まってる
そんな風に感じた私でしたが、
親友Aちゃんの
美しい作品をくつくりたい
作品を観る人に感動を与えたい
という言葉と、
創作活動に向かっている時の
ひたむきな姿勢や
集中力、努力を見て、
テクニックだけじゃないんだ
ということに気づき、
そのおかげで、
学んだことを分かりやすく人に伝える
という才能を見つけることができました。
自分の才能を考えるとき、
何より大事なのは、
テクニックとかスキルじゃなく、
自分が集中できることで、
人に喜んでもらえること
は何かを考えてみること
なんじゃないかなぁって
いまの私は感じています。
私のこの経験が
何かのヒントになったら嬉しいです。
P.S
以前の私と同じように、
自分の才能が分からない
そもそも才能なんてあるの?
という感じで
モヤモヤしている方が
いらっしゃったら、
1人で考えるより、
誰かに相談するとスッキリする
そんなこともあると思います。
不安なことやご質問ありましたら、
こちらからお問合せください。